EmptyPage.jp > Whining Express > 2004-12-13
サイトの更新情報や日々の雑感など。
なんだかんだと言いつつまた関係ない話を書いてしまいます。
おもしろい! New X-Menは、Grant Morrisonの脚本がよいというのをWebで知って読み始めたのですが、たしかにどんどん引き込まれていきます(アメコミってのはそういうからくりになってるもんですが)。
Vol. 1 (E is Extinction) からはじまる、New X-Menの特徴はポップ・カルチャーな視点が多々盛り込まれていることで、これがそれまでのシリーズと一線を画すのに一役買っています。たとえば、あのマグニートー(シリーズ開始時には死んだと思われている)はポップ・イコンに祭り上げられ、チェ・ゲバラのごとくポスターやらTシャツの柄やらにプリントされてストリートで大流行しちゃってます(で、プロフェッサーXの「恵まれし子らの学園」で反抗期のガキとかが着ちゃうわけです)。シリーズ全体の鍵を握るのはKickという一種のドラッグだし、最初のほうの筋は「学園」のインテリ・ラディカルくんがネオナチみたいなチームを作って非行に走るという展開です。
あと面白いのは、若手ミュータントのグループが出てくるんですが、かれらは「特別学級」というクラスの生徒で、ようするに落ちこぼれ的な子どもたちなのです。で、先生が「かれらは繊細ですから(どなったりしちゃだめですよ)」みたいなことを来客に言ったりするのですが、こういうのはヒーローものが基本のアメコミだとちょっと新鮮です。日本の漫画だとよくありそうですけどね。
で、「Planet X」ではそのイコンであるところのマグニートーが復活して、学園の生徒(前述の特別学級の子どもたちとか)を従えて大暴れして倒される(べつにここまで書いたってそれはお約束なんだからネタばれにもなるまい)わけですが、今回感心したのは、その倒されるまでの描きかたでした。
マグニートーは復活してミュータントのための新世界を(もちろん彼流のやりかたで)作るべく奮闘するのですが、せっかく洗脳しておいたはずの学園の生徒たちは、その過激なやりかたについていけない。一生懸命説明はすれども、基本的なところからそもそも理解してもらえない。しかも長年連れ歩いてきた部下たちと違って、このガキどもは磁界王の演説中に口を挟んだりジョークを飛ばしたりするわけです(笑)。この空回りっぷりが結果として彼を滑稽に見せてしまうという、ちょっとシニカルな描写なのです。
ここで磁界王ぶち切れです。ビークをぶん殴りながら叫びます。
この場面、セリフと絵柄のギャップが面白すぎ。
滑稽な独裁者というパターンにマグニートーをあてはめていくとは、人気のあるキャラなのになかなか容赦がありません。戦いの中で頭部にひどい火傷を負った彼はマスクをかぶって人々の前に現れるのですが、そうなるとこんどはほんとにあのマグニートーなのかと信じてもらえなくなる始末。「時代遅れ」だの「伝説になった人物は復活すべきではなかった」だのさんざんな言われようで倒れてゆくという。これはなかなかショッキングですよ。マグニートーはXメンの戦力に負けたのではなくて、時代の流れに負けたわけです。かっこつけたいいかたをすると、これは、「プロフェッサーX vs. マグニートー」に表象されてきた、X-Menシリーズ全体に通底するマイノリティのありかたをめぐる倫理的な対立構造、その対立構造そのものに作品自身が再検討を加えた試みであるということができると思います(で、これができるというのはすごいと思うのですが)。
いままでマグニートーの教義というのは、「危険だが(油断しているとそれに引き込まれてしまうという意味で)魅力的なもの」として描かれることが多かったと思う(正義の戦いに疲れたXマンがあきらめに近い境地で彼の軍門に下ったりすることもあった)のですが、この戦いではもはやそうした威光はありません。というかちょっとかわいそうです。どうせまたそのうち復活すると思うけど、そのときはかっこいい悪に戻ってるといいなあ。
しかしアメコミは予備知識がたくさん要るので、これだけを読んでついていくのはしんどいだろうなあ。まあPlanet Xだけでうまくまとまっているとは思いますけど……。
二巻ずつの合本もあるみたいだけど、なんかAmazon.co.jpの解説が全部おんなじで不安です。たぶんこういうことではないかと。
しかし最近のアメコミは日本のマンガ/アニメの影響が露骨になってきて正直ちょっとアレ。親しみやすくなったケースもないことはないけど、表面的な模倣が鼻に付くことのほうが多いかも。あとファンには申し訳ないですが、麻宮騎亜の絵柄はキャラの区別がつきません。